国際線就航40周年特別企画
~進化の舞台裏を支えたキーパーソンに迫る~
Vol.4 後編

2026 / 04 / 09
その他

ANAグループは、おかげさまで2026年3月3日に国際線定期便就航40周年を迎えました。これを記念し、長きにわたり国際線の進化を牽引し、その歴史を支えてきた社員にインタビューを行いました。

第4回となる今回は、国際線黎明期から客室乗務員(以下、CA)として活躍し、令和7年春の褒章でCAとして業界で初めて「黄綬褒章」を受章した村松絵里子さんと恒川久美さんにフォーカスします。後編となる本記事では、「ANA’s Magic」が生まれた舞台裏とお二人のキャリアの歩み、ANAグループへの想いを聞きました。

前編はこちらから
https://www.anahd.co.jp/ana_news/2026/03/30/20260330-1.html

ANA総合研究所 村松 絵里子さん
ANA総合研究所 恒川 久美さん

Q: 国際線黎明期を経てお二人は「ANA’s Magic」プロジェクトのメンバーとして活動されました。そもそもANA’s Magicとはどのような取り組みなのでしょうか。

村松:これはANAの伝統なのですが、たとえばお客様との会話の中で今日が記念日だと判明したら、機内にあるカードを使ってメッセージをお送りしたり、スイーツのプレートにチョコレートで文字を書いて添えたりすることがあります。このようにその時々のアイデアでお客様にサプライズをお届けする取り組みを、私たちはANA’s Magicと呼んでいます。

恒川:「お客様のために」というCAたちの想いを後押しし、より多くのお客様に喜んでいただくことを目指して始まったのが、ANA’s Magicを制度化するプロジェクトです。それまではCAが自主的にカラフルなカードやシールを調達し、搭乗されたお子様にプレゼントするなどしていましたが、そうしたアイテムを会社側が準備するようにしたことで、ANA’s Magicを実践しやすい環境が整いました。

Q: ANA’s Magicの制度化によってどのような変化が生まれましたか?

村松:このプロジェクトでは、各路線のフライトでどんなANA’s Magicが生まれているかを共有できる仕組みも構築しました。これにより、CAたちがさまざまな取り組み事例を手軽に知ることができるようになりました。現場への権限移譲と挑戦をサポートする環境整備が実現したことは会社にとって大きな進歩だと感じます。

恒川:自分以外のCAがその時々の状況で何を考え、どう判断し、どう動いたのかを知ることができるのはとても勉強になりますし、自分自身のモチベーションにもなります。今では「ねえ、Magicやらない⁉」が共通言語になっていますよね。ANAの文化としてこれからも大切にしていきたいですね。

Q: 続いてお二人のキャリアについてお伺いします。国際線CAを経験した後、これまでに担当した業務について教えてください。

村松:私は1987年に入社し、10数年間にわたり国際線CAを続けました。その間にプライベートで大けがをして1年間休職していたのですが、これを機に「いつキャリアが断絶するかは分からない」と気づき、自分と同じようにキャリアについて考えたり悩んだりしている人のためになれたらと、キャリアコンサルタントの資格を取りました。その後、客室をサポートする企画部門やスカイマークへの出向、ANAでの部長職などを経て、現在はANA総合研究所のメンバーとして大学の非常勤講師を務めています。

中国人ビジネスパーソンに向けた特別講義にて
(写真提供:China Europe International Business School)

恒川:村松さんに続いて1988年に入社し、国際線に乗務する中でチーフパーサー(フライト全体の責任者)などを担当しました。その後、日本初のLCCとなるPeach Aviation(以下、Peach)の立ち上げに参画しました。ANAに帰任してからは部長職を経験し、現在はANA総合研究所に所属してさまざまな場所で講演を行っています。

2025年5月に行われた、恒川さんの母校、神戸女学院大学150周年記念講演にて

Q: 多様なキャリアの中で、ご自身の転換点となった出来事についてお聞かせください。

恒川:2011年、Peachの立ち上げに参画したことは大きな転換点になりました。先にANAからPeachに移籍したメンバーに続いて、客室をよく知るCA経験者としての人事異動だったのですが最終的には、「またとないチャンス!」と、思いきって飛び込むことにしました。

当時は人事規定もマニュアルも何もない状態で、会社の基礎を一からつくり上げる必要がありましたが、私にはそんな経験はありません。そこで、安全は安全の専門家に、訓練は訓練の専門家に聞こうと、ANAの先輩方にしつこいくらいにヒアリングを重ねました。

その中で先輩方に託されたのが「新しい航空会社でしかできないことに挑戦してほしい」という熱い想いでした。ANAのように歴史がある会社は仕組みができあがっている分、何かを変えたりなくしたりすることのハードルが高い。そこで蓄積された「もっとこうしたい」という先輩方の理想と私自身が実現したいことを形にすることに尽力しました。

Peachのブランドカラーである鮮やかな「フーシアピンク」の制服
手荷物案内の声掛けを学ぶ動画教材を撮影した際の一枚

2012年にPeachは無事に就航しました。立ち上げ当初は不安になる暇もないくらい激動の日々が続きましたが、Peachで過ごした日々は常にワクワクしていましたね。2018年、私の中でPeachの客室部が自立していると感じた時、ANAに帰任しました。ANAにいたら経験できない、貴重な時間を過ごすことができました。

Q: ANAの外に出るという点で、村松さんも他社エアラインに出向されています。当時のエピソードを教えてください。

村松:CA経験者として出向したのは私を含めて3名。プロパー社員とまずは信頼関係を築くために、「『ANAでは○○なのですが…』は言わない」「ANA出向メンバーだけで固まらない」「挨拶は、自分から目を見て笑顔で行う」という3つのルールを決めて日々徹底していました。

まず取り組んだのがマニュアルの電子化です。当時は紙のマニュアルを使っていたので、ANAでCAのマニュアル電子化に関わった担当者たちの教えをもとにタブレットを活用できる環境を整備しました。

また「定時性No.1」の実現に向けて、手荷物の収納を促すためにCAの働きかけなど具体的な対応策について議論を重ねました。機内で行ったシミュレーションの映像を皆で確認して一丸となってつくり上げていったのは良い思い出です。

他の部門の頑張りもあり、その後、2022年度まで6年連続で定時運航率第1位を達成、JCSI調査で2024年度3年連続で顧客満足第1位を獲得するなど、順調に歩みを進めています。ANAの外の世界にも仲間ができ、その後の会社の成長を見ることができてとても誇らしい気持ちです。

バレンタインのギブアウェイを用意する村松さん

Q: 最後に、お二人にとってANAとはどんな場所ですか?

恒川:自分がやりたいことに思いきって挑戦でき、その中で大きく成長できる場だと思っています。研修を通じて必要な学び得ることができる恵まれた環境がありますし、ANAだからこそ身につけることができたスキルや知識が多くあると感じています。

実は入社3年目の時、ANAを辞めて転職しようか迷っていた時期があるのですが、そこで踏みとどまった理由もANAには挑戦のチャンスが多くあるからでした。「ファーストクラスの資格に挑戦してみない?」「ぜひチーフパーサーを目指してほしい」と次から次へと新しい機会に恵まれ、そのたびに挑戦を続けてきたから今があると感じています。

村松:すごく共感します。ANAには多様な仲間がいて、多様なお客様との出会いがあります。時には壁にぶつかることもありますが、それを超えるたびに新しい景色が見えて、新しい仲間が増えていく喜びがあります。

新人や若手の頃から、自分が今いるステージより少し高い目標に挑戦させてくれるからこそ着実に成長を続けてこられた実感があります。何よりもCAという素晴らしい仕事に向き合うチャンスをくれたことに、心から感謝しています。

ANAグループはこれからも、お客様への深い感謝を胸に刻み、国際線40年の歴史で培った安全と信頼を礎に、世界と日本を力強く結び続けます。
次回の国際線就航40周年記念社員インタビューも、どうぞお楽しみに!

▼国際線就航40周年特設サイトを開設
https://www.ana.co.jp/group/40th-anniversary/
特設サイトでは、これまでの ANA グループ国際線就航40年の歩み、アーカイブ写真や国際線に携わってきたANAグループ社員の想いをインタビュー記事として掲載中です。