ANAのポスターを手がけた画家・宮永岳彦さん
― 日本の空は日本人の手で、想いがつながったご縁 ―

2026 / 02 / 24
その他

皆さんは、宮永岳彦(みやなが たけひこ)さんという画家をご存じでしょうか。

宮永さんは、ANAのポスターや機内誌「翼の王国」の挿絵などを長年にわたって手がけてくださいました。その繋がりは非常に深く、ANAの前身である日本ヘリコプター輸送(以下日ペリ)の時代から続いています。

当時描かれたポスターは、現在も神奈川県秦野市にある「宮永岳彦記念美術館」に展示されており、デザインを直接目にすることができます。今回は、そんなANAとゆかりの深い宮永さんの人物像とともに、手がけられた作品やANAとの接点についてご紹介します。

~宮永岳彦さんについて~

宮永 岳彦(みやなが たけひこ)さんの自画像

1919年に静岡県磐田郡に生まれ、名古屋市立工芸学校を卒業後、松坂屋百貨店 名古屋本店に入社しました。第二次世界大戦での二度にわたる兵役を経て、実家のある神奈川県秦野市名古木へ戻り、アトリエを構えます。

松坂屋百貨店 銀座店 宣伝部に勤務するかたわら、1946年から15年間、寝る間も惜しんで創作活動に打ち込みました。その後、1979年には日本芸術院賞を受賞。卓越したデッサン力を持ち、油絵をはじめ、挿絵、ポスター、水墨画など、ジャンルの垣根を超えて数多くの作品を残しました。

いつも明るく豪快な語り口であった宮永さんは、画家としての責任感がとても強く、引き受けた仕事は決して手を抜かず、納得がいくまで妥協もしませんでした。そんな、職人気質でありながら気さくな宮永さんは、多くの人から慕われていたそうです。

ANAの客室乗務員と宮永さん

~ANAとの繋がり~

ANAとの関係が始まったのは、1955年の秋のことです。ANAの前身である日ペリの宣伝担当・上原雄次郎さんが、松坂屋百貨店銀座店の宣伝部に所属していた宮永さんのもとへ、ポスター制作の依頼に訪れたのがきっかけでした。

当時の日ペリは創立4年目の若い会社であり、宣伝にかけられる予算はごくわずかなものでした。断られることも覚悟の上で、恐る恐る依頼した上原さんに、宮永さんは「あんたとこはどんな会社なの」と問いかけます。

上原さんが「日本の空は日本人の手で、という会社です」と答えると、宮永さんはその精神をとても気に入られ、破格の価格で引き受けてくださいました。そして、その場ですぐに、エレガントな女性が飛行場に立つ下絵を描き上げました。

それ以来、宮永さんはANAのポスターや「翼の王国」の挿絵を数多く手がけてくださり、全日空ホテルに油彩画の大作「黎」と「翔」を制作いただくまで、約30年にわたる深い関係が続きました。

初めて制作された日ペリのポスター

~宮永岳彦さんの描く作品~

宮永さんは、ANAのほかにも数多くの企業のポスターを手がけています。その活動は幅広く、日本を代表する美人画から、躍動感あふれる商業デザイン、繊細な挿絵まで、一つの型にとらわれない、タッチの異なる多彩な作品を楽しむことができます。

題名:饗(美人画)
題名:舞妓(水墨画)
ジェットのハネムーンのポスター
宮永さんが手がけるANAのポスターの中でも、
美術館スタッフから特に人気がある一枚

~ご担当者メッセージ~

秦野市文化振興課
堀(ほり)さん

コメント:
 宮永画伯の作品は、確かなデッサン力に支えられた美しい線と、時代を超えて愛される色彩感覚が魅力です。商業デザイン、童画、油彩、美人画まで、生涯にわたり数多くの作品を手がけ、その表現は多彩でありながら、どの作品にも普遍的な美が息づいています。
 現在(2026年2月時点)開催中の「宮永岳彦の芸術」展では、宮永画伯の作品を年代順に紹介し、ANAの「ボーイング727」のポスターも展示しています。宮永画伯がANAのポスターを手掛けた当時、飛行機に乗るのは限られた人々で、宮永画伯はよりハイレベルにアピールするデザインとして、知的で活動的な女性像をメインに打ち出しました。
 雑誌や小説の表紙、クレヨンのパッケージなど、「見たことがある!」と懐かしさを感じる作品に出会えるのも本展の楽しみのひとつです。ぜひご来館いただき、宮永芸術の世界を身近に感じていただければ幸いです。