国際線就航40周年特別企画
~進化の舞台裏を支えたキーパーソンに迫る~Vol.1
ANAグループは、おかげさまで2026年3月3日に国際線定期便就航40周年を迎えます。これを記念し、長きにわたり国際線の進化を牽引し、その歴史を支えてきた社員にインタビューを行いました。
第1回となる今回は、国際線黎明期から現代に至るまで、主に営業部門を中心に様々な部署で活躍されてきた寺井さんのこれまでの歩みと、国際線への熱い想いをご紹介します!

総務部 ANAアーカイブス・社友室
寺井 裕さん
Q: 入社されてからのご経歴を教えてください。
私は1988年(昭和63年)8月に入社しました。当時でいう「中途採用」で、以前は自動車メーカーに勤めていました。
入社後は、まず東京支店に配属され、国際線のコールセンター業務を担当しました。その後、当時の営業本部に異動し、国際販売部や業務部など、主に国際線の営業に関する業務を長年担当していました。
その後は4年間、関西空港支店で旅客部門と総務部門を経験した後、再び営業本部に戻り、レベニューマネジメント(収益管理)などを担当しました。2006年からは5年間、フランクフルト支店(ドイツ支店)で総務と営業を担当し、帰国後はマーケティング室(営業サポート企画にあたる部署)を経て、2014年から4年間はバンコク支店の支店長を務めました。
日本に戻ってからは、サステナビリティ推進部、グローバルマーケティング部やANA総合研究所を経験し、現在の総務部では、アーカイブス(会社の歴史的資料の管理)を担当しています。

Q:入社のきっかけ、入社時の職場の雰囲気について教えてください。
きっかけはANAが国際線要員を募集しているという話を人づてに聞いたこと。「一度聞いてしまったら、挑戦せずに後悔したくない」という想いが強く、結果的にそれからずっとANAに勤めているので、あの時の選択は正解だったと思っています。
また、当時の世間一般では「結婚したら退職する」のが当たり前の時代でしたが、ANAには既婚女性が多く働いていらっしゃったのが、非常に印象的でした。会社が社員のキャリアを大切にしているのを感じましたね。
Q: ご経験された業務の中では、営業系が多かったのでしょうか?
そうですね。営業系の部署が多かったですが、実は、実際に「営業マン」として外回りの営業をしたことは一度もないんです。私が最も長く携わったのは、国際線の「予約・発券制度」と「運賃」に関する業務でした。
具体的には、予約や発券に関する運送約款やマニュアル、あとは運賃など、「ルール」や「仕組み」を作る、国際的な販売に関する仕事をしていました。
関西空港支店にいた頃は、空港での旅客業務(チェックインや搭乗手続きなど)や総務業務も担当しました。空港での経験は、私たちが作る予約・発券の「規則」や「取り決め」が、現場でどのように運用されているかを理解する上で、非常に貴重なものでした。

Q: ANAの国際線就航が始まった頃に中途入社されていますが、当時の国際線に対するイメージや期待はありましたか?
入社した1988年は、ANAがグアムを皮切りに国際線の路線を増やし始めたばかりの頃です。ちょうど国際線がどんどん成長していく時期で、会社全体で即戦力となる国際線の要員を中途採用で増やそうという動きがありました。
当時はまだ「転職」というものが今ほど一般的ではなかった時代ですが、航空会社という業界自体に憧れもありましたし、どんどん路線を広げていく国際線の仕事は、まさに「成長しつつある企業に入る」という期待感がありました。国際線に携われるなら、どんな仕事でもやってみたい!という気持ちでした。

Q: 国際線に携わる中で、特に印象深いエピソードはありますか?
1990年頃に携わった、東欧を巡るツアーの商品企画で、市場調査としてハンガリー、チェコ、そして東ドイツ(東ベルリン)を訪問した時のことがとても印象に残っています。
当時、提携他社のウィーン線の座席をANAも確保して販売していたため、地理的に近い東欧方面のツアーを企画することになりました。前年の1989年にベルリンの壁が崩壊し、世界が大きく変わろうとしている時期でしたがまだ東ドイツと西ドイツが国として分かれていて、特に東欧では夜の街灯も暗く、全体的に色が少ない世界でした。しかし、東ベルリンから西ベルリンへ移動した瞬間、それまで見ていた暗く色味の少ない世界から、突然街の照明が明るく、色鮮やかな光景に変わり、世界が一変したんです!まさに、西側の世界とは違う、当時の東側の世界を肌で感じた貴重な体験でした。

Q: 40年の歴史の中で、特に記憶に残っている出来事やターニングポイントはありますか?
私が思う会社にとっての2大トピックは、1986年の国際線就航開始と、1999年のスターアライアンス加盟です。
スターアライアンスに加盟したことで、ANAはさまざまな航空会社と協力し、学びを得て、身も心も大きく成長しました。スターアライアンスへの加盟は、その後の会社のあらゆる困難を乗り越える上でも、素晴らしい判断だったと思っています。
そして、国際線事業の存続が危ぶまれた時期を乗り越え、国際線単体で黒字を達成した時は本当に、嬉しかったです。当時の国際線担当者は皆、感無量でした。それまでは社内で厳しい視線を向けられていた時代が長かったので、「ついにやってやったぞ!」という喜びを分かち合ったことを、今でも鮮明に覚えています。
Q: 海外支店での思い出深いエピソードを教えてください。
現地で経験した新規路線の就航です。
フランクフルト支店にいる時に、ミュンヘン線の初便就航に立ち会いました。
ミュンヘンの現地スタッフの採用や就航への準備に関わっていたので、初めてANAの飛行機が飛んできたのをみたときは、やはり本当に嬉しかったですし、感動しました。

また、バンコク支店長のときは、カンボジア営業担当もミッション。近いうちにカンボジアに就航できるよう、準備をせよということなのだろうと理解し、営業担当としてカンボジアに行きつつ、就航に向けて本格的に準備を進めていきました。
関係者の方々からの期待もとても感じる中で、プノンペン線の初便が就航した時には「寺井さん、やったね!ありがとうございます!」と声をかけてもらい、もう嬉しくて涙がでてきました。
Q.ANA国際線がこの先40年、さらにその先の未来へと歩むために、大切にすべきことは何でしょうか?
実は私は今月退職を迎えるんです。
思えばここまでいろんな想いでたくさんチャレンジをしてきました。ANAは離れますが、後輩たちには思いやりの心を大切に、信念をもって正しいと思う道を突き進んでほしいですね。
ANAグループはこれからも、お客様への深い感謝を胸に刻み、国際線40年の歴史で培った安全と信頼を礎に、世界と日本を力強く結び続けます。
次回の国際線就航40周年記念インタビューも、どうぞお楽しみに!