台風起因の欠航便数減少の裏側!
空港特化型風予測システムの開発秘話

2025 / 03 / 28
イノベーション・宇宙

安全なフライトを実現するためには、台風などの自然現象への対策が不可欠です。ANAのオペレーションマネジメントセンターには、10名の「気象担当者」が在籍し、日々気象解析を行い、更なる予測精度向上を目指し解析結果の振り返りを行っています。

その中でも、2022年に開発した「過去データを用いた空港特化型風予測システム」はこれまで個人の技量(暗黙知・経験値)に依存し、解析に時間を要していた台風による運航への影響予測を、「誰でも・簡単に・高精度に」行えるようにした画期的なシステムです。今回は、このシステム開発に携わった方々に、その開発秘話やシステムの全貌についてお話を伺いました。

<お話を伺った方>

ANA オペレーションマネジメントセンター(OMC)
オペレーション業務部 業務チーム

写真右 / 大瀧 恵一(おおたき けいいち)さん
関西国際空港での運航支援・ロードコントロール業務※を経て、OMCへ異動。国内外の運航管理・気象業務に携わり、現在はオペレーションレポート&レビュー(OR)事務局を担当。

※ロードコントロール業務:航空機の重量・重心位置の管理をする業務

写真左 / 秋田 佳祐(あきた けいすけ)さん
羽田空港と千歳空港で運航支援業務を経験。OMCでは、運航管理・気象アドバイザーとして活躍。情報工学の知識を活かしてシステム開発に貢献。

ANA オペレーションマネジメントセンター(OMC)
オペレーションマネジメント部 ラインサポートチーム

岡田 忠義(おかだ ただよし)さん
長年、自衛隊で気象業務に従事。ANAにおいても長年にわたり第一線で豊富な気象業務の経験を積んでいる。部下や同僚から「気象の先生」と慕われるほどの深い知識と経験を持つ、気象のプロフェッショナル。

OMC(オペレーションマネジメントセンター)とは
ANAブランド全運航便の運航管理、ダイヤ統制、情報戦略を担う部署。気象担当は、その中でも「運航管理」に紐づく重要な役割であり、気象に関するシステム開発、気象庁や民間気象会社との連携、日々の気象解析を行う。

Q:システム開発の背景と経緯について教えてください

秋田さん
従来、台風が航空機の運航に与える影響を予測するには、空港周辺の複雑な地形特性などを考慮する必要があり、経験に基づく個人の技量、いわゆる暗黙知に大きく依存していました。しかし、この方法では、解析に膨大な時間がかかり、全ての空港の予測を限られた時間の中で高い精度で実施することは困難でした。現場の方々からは、「解析に時間を十分にかけられない」という切実な声が上がっていました。
限られた時間の中で解析を行えるよう岡田さんにご協力いただき、例えば「この空港では東からは強い風が吹かない」といった地形特性に関する様々な情報をご提供いただきました。それらの情報をいかにデジタルで表現し、システム化するかが課題でした。
私自身も、このような地形特性に関する情報は、定性的で曖昧な部分が多く、改良の余地があると感じていました。そこで、現場の方々の「時間を削減したい」「精度を高めたい」という思いと、私の「経験則をデジタルで形式知化したい」という思いが合致し、このプロジェクトをスタートさせるに至りました。

Q:システムの概要と開発において苦労した点を教えてください

秋田さん
このシステムは、数値予報データ(高度別の風向・風速の予報を数値化したもの)と、空港で実際に観測された気象データを比較検証し、その結果を分析・蓄積することで、人間の経験や知識を数値で表現できるようにしたものです。
開発初期は、全くデータがない状態からのスタートで、日々のデータ蓄積に苦労しました。限られたデータを最大限に活用するため、試行錯誤を繰り返しました。また、予報が外れた際には、その都度分析方法を見直し、次に活かせるよう日々議論を重ね、改良を続けました。
最初は6か月分のデータで開発を始め、約3年弱のデータ蓄積を経て精度が向上し、解析時間も短縮されました。データが少なく粗かった部分も、今では詳細な表現ができるようになりました。

大瀧さん
10年ほど前は、台風が接近すると、風向きや風の強さを手作業で地図に書き込んでいました。気象担当者は、その手書きの情報を読み解き、経験を頼りに気象資料を作成していたんです。その煩雑な作業を、膨大な過去データとシステムで自動化し、誰でも正確かつ迅速に気象情報を把握できるようにしたのが、このシステムです。

Q:システム導入の成果について教えてください

秋田さん
システム導入により予測精度が向上し、従来の予測精度であれば欠航と判断されていた便を大幅に削減できました。また、悪天候時の出発地への引き返しや代替空港への着陸といったイレギュラー運航も減少しました。
さらに、予報が変化した場合でもすぐに解析を行う事ができ、多数の臨時便を迅速に設定することで、多くのお客様が台風の影響を避け、早期に便を振り替えることや、急を要するお客様が臨時便にご搭乗いただくことが可能となりました。
何よりも、お客様への迅速な情報提供が実現し、より安心で快適な空の旅を提供できるようになりました。

大瀧さん
近年、航空の分野に限らず、鉄道をはじめとする他の交通機関においても情報提供の早期化が求められています。
お客様自身が情報をもとに選択し、判断される時代になり、私たちオペレーション方針を策定する側も、状況に応じた迅速な予測と修正が求められています。 このシステムがあったからこそ、お客様の価値観の変化や、私たちの働き方、そして仕組みの変化に対応できたと考えています。
情報提供のスピードと精度はトレードオフの関係にあり、空振りの情報でご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、そのような場合においても可能な場合には臨時便の設定をおこなうなど、適切なタイミングでリカバリーを図っていきたいと考えています。

「現場の皆さんの意見をしっかりと抽出して、最適なものをつくりあげようとする。そしてフィードバックする。この流れのはやさと上手さは、秋田さんを超える人はいません。」と笑顔で語る大瀧さん。

Q:このシステムの他社や他分野への導入の可能性について教えてください

秋田さん
この取り組みを通して感じたのは、気象庁の予報は広範囲を対象としている点です。一方、私たちは航空機の離着陸に必要な滑走路上の風をピンポイントで予測しています。これにより、複雑な地形の特性を加味したピンポイントな予報ができるのがこのシステムの強みです。
地形特性をデジタルで表現するためには、予測したいポイントで観測した風のデータが必要となります。空港にはMETAR※があるため、過去のデータも公式に記録されています。しかし、今後このシステムを他の分野に展開していくとなると、ピンポイントで必要な場所の気象データを取得する必要があり、それが課題となります。

※METAR(定時飛行場実況気象通報式)
航空機の運航に必要な飛行場の気象状況を、定時に観測して報告する形式のこと

大瀧さん
日本の気象は世界的に見ても複雑で、特に台風や降雪時の予測に関して、海外の航空会社から問い合わせをいただくことがあります。彼らは、ANAがどのような判断基準で運航しているのかに、非常に興味を持っているようです。このことから、このシステムへの潜在的なニーズを感じています。
また、航空業界は気象に左右されますが、過去から蓄積された知識と経験については航空のみならず、同じく気象現象に影響を受ける他の交通モードなどにも活用できるのではないかと考えており、連携できる部分がないか検討を重ねていきたいです。

秋田さん
大瀧さんの話を聞いて、航空業界のみならず、他の交通モードにも活用ができるよう、このシステムを更に進化させてみようと思いました。

「発言することに怖さもありますが、大瀧さんがしっかりと手綱を引いてくださいます。アドバイスもくださいますし、私の不足している部分をサポートしてくださっていることに感謝しています。」と語る秋田さん。

Q:今後の展望について教えてください

秋田さん
蓄積されたデータ量が増え、単純なデータ量の増加だけでは精度向上が頭打ちになってきました。今後は、視点を変えて、新たな分析手法を用いることで、システムの精度をさらに向上させていきたいと考えています。また、今後の展望として雨、雪、みぞれの判別予報に加え、霧や雷といった運航阻害要因に関する分析に着手したいです。

大瀧さん
現在は運航管理者がデータを分析し、飛行計画の作成や運航の可否を判断しています。しかし、将来的にシステムが進化すれば、こうした判断も人の知識や経験に頼らず行える時代が訪れると思います。
ANAだからこそ実現できるオペレーションを追求するためにも、システムやAIを活用しながら、人とシステムが担う領域を整理し、オペレーションの価値をさらに高めていきたいと考えています。

この一連の取り組みは、ANAグループで開催している「ANAʼs WAY AWARD」において、2023年度グループCEO賞として表彰されています。

今後も、技術革新と現場の知恵を融合させ、より安全で快適な空の旅を実現するため、ANAは挑戦を続けます。

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▼2024年度の統合報告書にもこちらの取り組みが紹介されています
統合報告書2024 ANAグループの情報戦略 トランザクション戦略 運航上の改善・航空機等の技術革新 【自然現象と航空会社】