日本とインドの架け橋に!
~インド総代表兼ANAデリー支店長
片桐常弥さんへのインタビュー~

2024 / 03 / 15
その他

在インド歴11年の片桐さん。その信念は「インドをもっと身近にしたい」という一心にあります。今までの経験とこれからの展望を伺いました。

<片桐常弥さんプロフィール>
山形県天童市出身。1991年ANA入社。『全日空闘魂物語』を読み、国際化に邁進する企業姿勢に共感したのが入社のきっかけ。営業・マーケティング部門を軸に、パリ、北京、ムンバイの駐在を経て、デリーに。会社人生の半分以上を海外で過ごす。

「これからは」インド!計り知れないパワーと魅力に魅せられた

 北京での駐在を終えた2010年、「これからはインドだ!」という声をあちこちで聞くようになり、希望をした3ヶ月後にムンバイに赴任しました。金融の中心地であるムンバイは、大手財閥や製薬会社等の重要拠点。ボリウッド映画の発祥の地でもあり、非常に活気に溢れた街です。最初は衛生環境と食生活、貧富の差に衝撃を受けましたが、それ以上に人間関係において距離感を感じさせないところに魅力を感じました。普段は新聞やニュースでしか見ない財界トップや、著名な映画俳優にANAをご利用いただく際、一介のサラリーマンである私にも気さくに話してくれたり、一般の方にも気軽に写真撮影に応じる、そのインド人の懐の深さに魅了されました。

インド人の訪日を増やしたい!機材大型化と路線拡大、より利便性の高いダイヤへの変更にも挑戦

 インド人の訪日需要を増やすために、まずはムンバイ線の機材の大型化が必須。関連部署と協議の上、2016年、それまでのB737ビジネスジェットと比較すると4倍の座席数となるB787-800の機材で運航を開始しました。お客様を増やすため、旅行会社へ何度も足を運んだり、旅行会社のトップの方々を実際に日本にお招きし日本の魅力をアピールしたり。その甲斐もあり、大型化から2年後の2018年には黒字化を実現。その後は、インドのデトロイトと言われるチェンナイ就航を提案し実現しました。
 6年間のムンバイ駐在後は、首都で働いてみたいとデリーへ。着任後の最初のチャレンジはダイヤの大幅な変更でした。当時のデリー線は深夜発着で北米路線の乗り継ぎ旅客の需要は高いものの、インド=北米間の価格競争が激しい。そこで、本社側に日印間の業務渡航や観光を主眼とした時間帯で、羽田への乗り入れを提案、2020 年 3 月の羽田の離発着枠拡大のタイミングで、ダイヤ変更と成田から羽田発へのシフトが確定しました。

デリー支店スタッフと

コロナ感染症拡大、インド線の定期便運休により訪れた発想の転機

  2020 年、コロナ感染拡大により、インドの国際線定期便の離発着が禁止され、念願のデリー=羽田初便就航は断念、臨時便のみ運航が許可される事態に。ポストコロナを見据えた新規需要の掘り起こしに本気で取り組む必要性を感じていたとき、目にしたのが外国人技能実習生のニュースでした。多くのインド人労働者が世界中で活躍しているが、日本ではどうか?関係各所へのヒアリングを開始すると、日本国内でのインド人の受け入れ件数は非常に低いことがわかりました。インドの人口は今や世界一位、若者は就職難、対して日本は少子高齢化で地方は人手不足。互いの社会問題を解決すると同時に、親族を大切にする文化を持つ日本在住のインド人を増やせば、「VFR(Visiting Friends and Relatives)」と呼ばれる、親族訪問需要を創出できるのではないかという発想に至りました。

インド人の魅力は実感済み、日本にもマッチするはず!架け橋としての活動

 ムンバイ、デリーでの駐在中に出会った現地人の勤勉さや明るさから、インド人の魅力は自分自身で体感していました。アニメ好きの若者や親日家が多く、語学リテラシーが非常に高く、総じて日本語習得も早いと言われています。特に北東インドの人々の顔立ちはアジア人に近く、食生活や感性も日本と似ており文化の面でも親和性が高い。なのにインド人は日本を知らない、日本人もインドを知らない...そこで「自分がこの道の第一人者になろう!」と決意し、インド国内の全技能実習生送り出し機関にコンタクトし、情報収集。インパールやダージリンなどの地方都市にも足を運び、多くの若者に会ってヒアリング、日本の良さを説明する一方、日本国内では地方自治体や宿泊・介護の業界団体等に人材説明や講演活動を実施。講演後は実際に来印してもらい、インド人の魅力を実感してもらう取り組みも継続。2023年3月の日印首脳会談で、技能実習および特定技能の制度を活用して人的交流拡大を目指す合意もなされ、人材の受け入れが着実に広がりつつあります。

デリー空港にて技能実習生をお見送りした時の様子

まだまだ折り返し地点!「これからも」インド

 ANAの中国への就航都市は10地点以上、それに対しインドはまだ2地点。まずは運休中のチェンナイ線を復便させ、新規路線も便数も増やしていきたいです。11年の駐在歴は、まだまだ折り返し地点に過ぎません。2023年にG20議長国となり世界のプレゼンスを上げるインドは、今後もますます発展を続ける南アジアの超大国。日印の人材交流が進めば、航空需要だけではなく、両国の社会問題の解決、さらには日本の成長にも繋がると信じています。次に見据えるのは、インドと関連が強い中東・アフリカ。飽くなき挑戦を続けます!

【片桐さんに関する動画や記事はこちら】
PIVOT
https://www.youtube.com/watch?v=lChEirqboRg
ReHacQ
(前編) ANAとジェトロはインドで何を企てている!?【人材獲得競争が勃発】
(後編) 世界が注目!なぜ今インドで働く?【日本インド化計画とは!?】
公益財団法人 日印協会『月刊インド』
https://www.japan-india.com/backnumber/664bda79f8b0338edf9262380a40f813f73e2046